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山南(シャンナン)

山南の概要

山南は岡底斯山と念青唐古拉山以南に位置する。
山南地区の北はヤルツアンポ川の曲水大橋にまたがり、拉薩へ繋がり、西はシガツェへ東はチベットで海抜が最も低い、林芝に達
する。
山南には、古代の建築と遺跡が多く、チベットで最も早く作られた宮殿や最大の古墳群、最も古い寺院がある。
山南はチベットで最も豊かで、人口が多いチベット文明の発祥地である。

山南の見所

雍布拉康(ユムブラカン)

雍布拉康は、山南地区乃東県の東南約5キロ、扎西次日的という名の山の上にある。全体的な建築様式は、トーチカに似ており、山頂に高く聳え、とても目立つ。
チベット語で「雍布」は「母鹿」、「拉康」は「神殿」の意味がある。
雍布拉康は、トルファン第一任の聶赤賛普が居住した宮殿で、すでに2000年余りの歴史を持つチベット最古の宮殿で現存のものは
、1982年に再建されている。
宮殿内には、松賛干布、文成公主等の塑像がある。
初め、雍布拉康は小さな宮殿だったが、ダライラマ5世の時に、拡張を経て、仏教寺院となったため、現在も僧房などが残ってい
る。

桑耶寺(サムイェ寺)

ツェタンから、ヤルツアンポ川に沿って扎嚢県に至る場合、川は広くて深いので、渡し舟に乗る必要がある。
かつては、人々は牛皮の粗末なボートで渡っていたが、現在はモーターボートに変わり、車を乗せて川を渡ることもできるように
なった。
川を渡り北へ向かうと、著名な桑耶寺があり、南岸には敏珠林寺がある。
桑耶寺は762年に創建された、チベット初の僧院である。マンダラを模した建物?境内に特色がある。
中国禅宗の僧と、インド仏教僧とを論争させ、国教となるべき宗教を決めた場所だといわれている。

蔵王墓

蔵王墓は、山南地区瓊結県宗山の西南、ツェタンから90キロの場所に位置する、歴代吐蕃王朝の王の墳墓で、松賛干布、赤松徳賛の陵墓もある。
各陵墓の盛り土が高く、砦のような丘陵墓で、大きさは東西に約130メートルある。
9世紀に賛普陵墓は破壊されたため、現在の蔵王墓は衣冠塚となっている。

沢当【ツェダン】  

ラサから東南へ190キロ。ロカ(山南地区)の中心である。ロカとはラサの南、ヤルツァンポ河からブータンの国境辺りまでを指す。古代チベット人発祥の地とされるヤールン渓谷にある。
海抜は3500メートル。

昌珠寺【タントク寺】 

ツェダンから南へ5キロ。「チベット年代記」によると、仏教が入る前のチベットには巨大な人の肉を食う凶暴な悪鬼が住んでいた。ソンツェンカンポは王はこの悪鬼を鎮めるために悪鬼の身体の上に幾つかの寺院を建立した。その一つがタントク寺であるという。
創建は7世紀、文成公主が唐からチベットへ輿入れした当初起居したと伝える。
寺の最上階に真珠で作られたタンカ(仏画)が飾られている。ダライ?ラマ五世が母親の供養のために作ったという。使われているのは淡水真珠でその数は三万個。

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